モノが溢れたこの時代。モノに対する向き合い方を考える。

先日、清水港に寄港している日本丸を見学してきました。昔っから船が大好きで、帆船や客船のデザインに興味を持っていました。船に乗る職業につきたいなと思っていた時期もありました。


久しぶりに日本丸を見ましたが、やはり美しいです。暫く その容姿に見惚れてから、甲板に上がると、船の中では、実習中の学生たちがガイド役をしています。2ヶ月位の海洋実習中の一環みたいな話をしていました。

 

日本丸※ニッポンマル。ウツクシイ。

エンブレム※エンブレム、カッコイイ。

 

その日よく晴れてはいましたが、甲板上は風がとても冷たく、ダウンジャケットを着ていても身震いする程でした。そんな中で、薄い生地のつなぎの作業着を着て、裸足で、甲板の床板の掃除のパフォーマンスをしていました。

「ワッショイ!、ワッショイ!」と掛け声を掛け合いながら、床板を数人でゴシゴシやっています。よく見ると、手にしているのは、椰子の実の乾いたやつを半分に切ったもの。それを使って、力強くゴシゴシとやる。

 

椰子の実※タワシのプロトタイプ?

 

その切断面を見せてもらうと、ほんとにタワシみたいに、乾いた繊維上の髭みたいなものが無数に立っている。もしかしたらタワシという道具の由来は、ここから来ているのではないかと思わせるほどの断面だ。ケバは、もちろん天然の繊維なので、木製の床板との相性も良さそうだ。

そして、もう一つのポイント。椰子の実は、両端にかけて円錐状になっているので、とても手に持ちやすく、馴染みやすく、両手を重ねても扱えるので、力も入りやすい。手で使う道具の形としても、どんぴしゃだ。

 

甲板掃除※ワッショイ!、ワッショイ!ゴシゴシ。ワッショイ!、ワッショイ!ゴシゴシ。

 

これを初めて、掃除道具として使った人の発想がすばらしいなと思う。まさに、道具というものの原点だ。自然の中に存在するものを工夫して、道具として活用する。

ちょっと前まで当たり前だったことが、いまは当たり前ではなくなっている。商業的に加工されたモノを買って、使い終われば直ぐに買い替える。そんな時代に生きていると、モノに対する向き合い方も変わり、創造力も弱くなる。

モノが溢れたこの時代。こんな当たり前なことに感動してしまう自分に対して反省を促すとともに、あの寒い中で、裸足で水を使いながら、元気よく掃除をしている実習生たちのエネルギーを、ちょっと羨ましくも思いました。

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